M&Sについて
M&Sとは?
モデリングアンドシミュレーション(Modelling and Simulation:M&S)とは、意思決定を支援するツールです。
M&Sの実例:
医薬品開発におけるM&S:
従来の臨床開発では、様々なデータや情報を整理し、考察し、新たな知見を生み出す作業は主にプロジェクト担当者の頭の中で行われており、主観が混在する可能性もあります。
一方、M&Sによる臨床開発では、客観的な数字をもとに判断を行うことが可能です。
M&Sの“M”:
非臨床段階から臨床段階におけるあらゆる、または問題解決に必要な情報をコンピュータ上にて統合し、情報の関係性を数学的に表現します(モデリング)。
情報を統合した数式ができるので、よりよい情報共有により、チーム全体の化合物についての理解が促進されます。
M&Sの“S”:
さらにこの数式を用いて臨床試験に関わるパラメータである用法用量、対象患者、採血時点、試験期間等を調整し、解くべき問に適したシナリオに沿ってシミュレーションすることで、有効性、安全性および薬物動態の予測や次相試験の成功予測を行うことができ、より頑健な試験を計画することができます(シミュレーション)。
モデリングとシミュレーションのスキームにより、よりよい意思決定がもたらされます。
いつM&Sを行うのか?
M&Sは、非臨床段階から承認取得後まで、医薬品開発全体を通して有効です。
医薬品開発のあらゆる相において、「解くべき問」を明らかにし、その問に対し定量的な解を与えるのがM&Sです。
「解くべき問」には以下のようなものがあります。
- 化合物が標的を抑制すると薬効はどの程度得られるのか?
- 他の薬剤を併用すると薬効はどの程度変化するのか?
- ヒトの初回投与量は何か?
- ベネフィット/リスクを最適化した用法・用量は何か?
- 特別な患者集団の用法・用量は何か?
これらの「解くべき問」は次相の臨床試験に進むときや、新たな適応の開発を開始する際、規制当局側から発せられる場合等、医薬品開発のあらゆる相において発生します。
なぜM&Sを行うのか?
M&Sは、頑健な意思決定を支援すると共に、実試験にかわってデータを補完・代替することで、コストや時間を削減し、医薬品開発の効率化を実現します。
頑健な意思決定を支援することにより、コストおよび時間を削減した例として、Milliganらの報告(1)があります。
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筆者らは、第2相から第3相への移行判断の失敗が最もリソースを浪費するという考えのもと、第3相臨床試験の失敗要因は主に不十分な有効性であることに着目しました。
M&Sを実行することで、第3相試験の成功確率を上昇させると共に、必然的に見込みのない化合物の開発を早期に中止することで、そのリソースを次の有望な化合物に充てることを可能としました。
また、M&Sを実行することで、臨床試験計画や開発戦略を最適化し、臨床試験予算を前年比で1億ドル削減したことを報告しています。
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実試験にかわってデータを補完・代替し、コストおよび時間を削減した具体例として、Guptaらの報告があります(2)。
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筆者らは、
- 4試験の第1相臨床試験データを統合してM&Sを行い、体表面積が薬剤のクリアランスに影響しないことを示し、以降の開発において、投薬および製造において簡便な固定用量を可能とした。
- 4試験の第1相臨床試験データを統合してM&Sを行い、軽度および中等度腎機能障害が薬剤のクリアランスに影響しないことを明らかとし、これら患者を第3相臨床試験に組み入れると共に、腎機能障害患者を対象とする臨床薬理試験としては重度腎機能障害患者のみを対象とすることを可能とした。
- 4試験の第1相臨床試験データを統合してM&Sを行い、軽度肝機能障害の薬剤のクリアランスに対する影響を明らかとし、肝機能障害患者を対象とする臨床薬理試験としては中等度および重度肝機能障害患者のみを対象とすることを可能とした。
- 初期臨床試験データを統合してM&Sを行い、薬物濃度とQT間隔に臨床的に有意な相関がないことを示すと共に、綿密なQTc試験の実施を不要とした。
- 経口投与された患者群と静脈内投与された患者群のデータを統合してM&Sを行い、バイオアベイラビリティを算出し、規制要件(オーストラリアTGA)を満たした。
といった、M&Sが有効であった事例を報告しています。
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- Milligan, P.A., Brown, M.J., Marchant, B., Martin, S.W., van der Graaf, P.H. & Benson, N. Model-based drug development: a rational approach to efficiently accelerate drug development. Clin. Pharmacol. Ther. 2013; 93:502–514.
- Neeraj Gupta, Michael J Hanley, Paul M Diderichsen, et al. Model-Informed Drug Development for Ixazomib, an Oral Proteasome Inhibitor. Clin Pharmacol Ther. 2019 ;105(2):376-387.
M&Sは規制上必須か?
M&Sは、規制上推奨されていますが、必須ではありません。
しかし、各極からガイドラインが示されており、本邦においても2019年にガイドラインが通知されました。
厚生労働省より M&S関連ガイドラインとして、「母集団薬物動態/薬力学解析ガイドライン」(1) 、「医薬品の曝露-反応解析ガイドライン」(2)および「生理学的薬物速度論モデルの解析報告書に関するガイドライン」(3)が発出され、国内の医薬品承認申請の審査側として M&S を積極的に活用・推進するという姿勢が示されました。
医薬品開発において、当局との円滑なコミュニケーションおよび承認取得に際し、基本となる技術と考えられます。
1. 「母集団薬物動態/薬力学解析ガイドライン」(令和元年5月15日薬生薬審発0515第1号)
2. 「医薬品の曝露-反応解析ガイドライン」(令和2年6月8日薬生薬審発0608第4号)
3. 「生理学的薬物速度論モデルの解析報告書に関するガイドライン」(令和2年12月21日薬生薬審発1221第1号)
どのようにM&Sを行うのか?
M&Sスキルを有する専門の人材が専用のソフトウェアを用いて実施します。
モデリングにおいては、通常、NONMEM®、Phoenix NLME®といった専用のソフトウェアを用います。
モデリングやシミュレーションにおいては、通常、SAS®やRといった統計解析ソフトウェアを用います。
M&Sスキルには、化合物特性の理解に科学的知識、血中薬物濃度推移の理解に薬物動態学の知識、疾患の理解に医学的知識、M&S のベースとなる数学的知識、M&Sの実行に関わる上記ソフトウェアを取り扱うプログラミングスキル、適切なソリューションを提示するための医薬品開発経験といった多岐に亘るスキルが必要です。
Pharmacometrics(M&S)の専門家に対する需要は、学術機関が供給する能力を超えています。この状況は、Pharmacometrics(M&S)の適用範囲が拡大し続けるため、近い将来に変わる可能性は低いとされています。(1)
産官学のM&S関係者が集った「第1回臨床薬理ラウンドテーブル会議(2020年2月)」(2)では、M&Sによるアプローチを行うにあたって、
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- 国内の専門家が育ちにくい。
- 人材育成が難しい。
- M&Sを担当するためには多様な知識が必要とされる。そのため、担当する人材を育てるために時間・リソースがかかる。
- 全プロジェクトをカバーするためのM&S担当者が足りない。
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といった課題が明らかとなり、国内におけるM&Sを担う人材は不足しているといえます。
- Peter L Bonate, Jeffrey S Barrett, Sihem Ait-Oudhia et al., Training the next generation of pharmacometric modelers: a multisector perspective. J Pharmacokinet Pharmacodyn. 2023 Aug 13. doi: 10.1007/s10928-023-09878-4.
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構. 「第1回 臨床薬理ラウンドテーブル会議」の開催について. https://www.pmda.go.jp/review-services/symposia/0100.html
M&SはPharmacometricsやMBDDと呼ばれるものと同じものか?
同じです。
モデリングアンドシミュレーション(M&S)は、主にその適用範囲の明確化・拡大と,医薬品開発におけるM&S担当者とチームのコミュニケーションのあるべき姿の観点から逐次変遷をたどり、近年ではModel Informed Drug Discovery & Development(MID3)と称されています(1)。
“MID3”には、M&Sが化合物選択(Discovery)、臨床開発(Development)及び研究開発に関わる規制(Regulatory)といった医薬品開発のあらゆる相において意思決定に関わることを表しています。
当初のM&Sという呼称では方法や使用状況が漠然としており、より具体的なPharmacometricsやSystems pharmacologyが用いられるようになりました。
しかし、解析の専門家以外には理解が難しいという問題があり、医薬品開発にM&Sを適用することを指してMBDD(model based drug development)という呼称が用いられるようになりました。
長年にわたり使用されていましたが、モデルが医薬品開発の意思決定を支配するという誤解を生んだため、MIDD(model informed drug development)とされ、その後開発段階における適用範囲を拡大してMID3となりました。
このほか、母集団薬物動態/薬力学(Population Pharmacokinetic/Pharmacodynamic、PPK/PD)解析、曝露-反応(Exposure-Response、ER)解析といった呼称もM&Sに含まれます。
- EFPIA MID3 Workgroup. Good Practices in Model-Informed Drug Discovery and Development: Practice, Application, and Documentation. CPT Pharmacometrics Syst Pharmacol. 2016;5:93-122.